どこにいるのだろう

今、久しぶりの遠出で、大阪のホテルにて、このブログを書いている。
今回の旅程は何故だか、今までとは心の模様が異なっているように感じたので、それを綴りたいと思った。

というのも、単刀直入に言って、「今、自分がどこにいるのか分からない」のだ。
移動をして、いつもの居住地とは違う環境に身を置いているのは事実なのだが、それでも、心がいつもとあまり変わらないのを実感している。

今までであれば、どこか違う場所に来れば、「あ、自分は今、旅をしているんだな」という心境になっていた。
それが今回は、身体としては移動はしているのだけれど、心はいつもの場所にあるという感覚になっている。

さながら、ビデオゲームをやっているようだ。
ゲームの中のキャラクターは世界を動き回っているけど、操作する自分は部屋に居る感じである。

どうしてだろうか。
ここ数年はあまり旅もしていなかったので、旅慣れをしてきたということでもないだろうし。

都市の均質化によって、景色がさほど変わらないというのは、理由としてあるかもしれないが、それともまた違うような気がする。
上手く言い表せない心を、言語化してみようと書き始めたが、的確な表現は見つからない。

ただ、ある意味では、心が凪いでいるとも言える。
自分という軸が冷静であるから、いかなる場所にいても、その内奥には変化は無いと。
これは、旅慣れというより、「生き慣れ」なのかもしれない。
少しは成長できたのだろうか。

余談だが、関西のエスカレーター、右側に並ぶのには慣れなかったなぁ。