たまたま?

近頃、「たまたま、おすすめの動画として出てきて、観たら、すごく面白かった」と言った感じの言葉をよく聞く。
自分はこれに少々違和感を感じている。

もはや、デジタル上に「たまたま」は無くなってきていると思う。
検索履歴やアプリの使用傾向、位置情報などなど、あらゆるデータが連携し合い、個人の趣味趣向は丸裸。
よほどの対策をしていない限り、現代でこの包囲網をくぐり抜けるのは至難の業だ。

「必然的に、おすすめの動画として出てきて、観たら、すごく面白かった。やっぱりAI、よく分かってるな」。
であれば、納得。


ここ最近、メタバースの台頭とともに、「デジタルツイン」という言葉も取り沙汰されている。
物理上から収集した膨大なデータを用いて、仮想空間上にそのコピーを生み出す試みだ。
現状では、デジタル上で都市開発をシミュレーションする目的で用いられることが多い。
だがいずれ、これは人間のデジタルツインにも応用されていく。
というより既に始まっているだろう。

ある意味、おすすめ動画というのは、自分のデジタルツインからの提案とも取れる。
知らず知らずのうちに、デジタル上には自分の双子が構築されていて、それは「もうひとりの自分」なのだ。
もうひとりの自分であれば、的確に好みの情報を提示できるだろう。

しかしながら、天邪鬼な自分は、この「もうひとりの自分」からのレコメンドに異議を唱えたくなる時がある。
「すごく分かってるな」と感心する一方で、「そんな簡単に分かられてたまるか」といった反発心もわく。
AIに対抗したいわけではないけど、飲み込まれたくもない。


今、自分が好きだと思っているもの、そのどのくらいが、本当の「好き」なのだろう。
自分専用にカスタマイズされパッケージングされた「スキ」が日々更新されていく。
本当に「たまたま」知ったものってあるだろうか。

AIはどんどん進化して、人に近づいているが、人もまた、そうしてAIに近づいていると感じる。
果ては、自分の意思というものは無くなっていくかもなんて、ディストピア的発想も。

だが、少なくとも、自分は、本当の「たまたま」に出会えるような人生を送りたいと思う。

まぁでも、人に自由意志はあるのかという別の話もあったり。
この話をしだすと、とっ散らかりそうだから、また別の機会に。