恐怖の源泉

ホラーゲームをやっていて、分かっちゃいるのに恐怖してしまう自分を不思議に感じた。
この角を曲がったら絶対に何かしら出てくるなと予想できているのに、いざ出てくると普通に驚く。
どうしてのなのか。

よく、人は未知なるものに恐怖を感じると言うが、確かにそれはあると思う。
実際に未知を恐れている自分がいる。
ただ、ホラーゲームに関しては、もう起きることは大体想像が出来る。
であれば何に恐怖を感じているのか。

それを自分なりに分析してみると、おそらく、恐怖の対象は「ストレス」だという考えに及んだ。
この場合のストレスとは、自分に掛かる負荷的な意味合いだ。

ホラーゲームであれば、敵を倒すという面倒臭さに、漠然としたストレスを感じているように思う。
愉しみとしてやっているはずなのに、ストレスを抱くのは、これまた如何にという感じではあるが。

脳は、辛さと痛さを同じものと感じたり、自分で発した罵詈雑言も、誰へ向けたものなのか、対象を区別できなかったりするらしい。
そんな風に、自分の中のストレスも、ざっくりと恐怖として処理してしまっている。

だから、未知であれ、既知であれ、それそのものへの「対処」しなければいけないという負荷が、恐怖の源泉なのだと感得する。

そういった意味で、仕事なども、取り掛かる時には、そこに恐怖のような感情が在るし、ブログを書くことだってそうなのだ。
負荷を乗り越えることでしか、恐怖を克服することは出来ない。