認識の進化

近年、スピリチュアル界隈では、「次元上昇」や「アセンション(上昇)」といった言葉が取り沙汰されている。
しかし、そこには様々な解釈があり、これが次元上昇・アセンションであるという絶対的な定義は無い。
ただし、共通の認識としては、やはり「進化」の意味合いは強いと思う。

だが、進化とは一体なんだろうか。
例えば、超能力が使えるようになるとか、不死身の身体を得るとか、そういった肉体的な進化か。
あるいは、霊的な力に目覚めるといった、精神方向での進化か。
その、どれもが正しいかもしれない。
それは各々の選択なのだ。
つまり、自分の思う「進化」が重要となる。

さて、僕の考える、次元上昇・アセンション・進化ということだが、それは極めて実生活的な所に結びついている様に思う。
突然何らかのイベントが起きて、何かが進化するというよりは、日々の生活の中で少しずつ成長しているというイメージである。
そしてそれは、肉体や精神ではなく、「認識の進化」と表現したい。

数年前までは、僕も大きな出来事、天変地異や、キリスト教の携挙のようなことが起こり、それによって進化が促されると推測していたのだが、最近は少し考えが変わった。
というのも、日常を生きていて、一つの学びを得たことで、昨日の自分が何とちっぽけだったかと気づいた時、これって「進化」だなと思ったからである。

それは本当に些細なことでもそうだ。
身近な人とのやりとりの中で、「あぁ、そういう考え方もあるのか」と気付かされる時には、今まで自分の中にはなかった視座が生まれ、世界すら違うものに見える瞬間がある。
こういったことが、僕には次元上昇に感じられる。

あるいは、「一皮剥ける」とも言い換えられそうに思う。
玉ねぎを剥いていくように、自分の殻、自分の固定化された認識の一つ一つを取り払っていく。
すると最後には、色即是空の言うところの「空(くう)」が残るのだ。

ここを目指すのが当面の目標であり、そこへ至る道は日々の中に用意されている。
これが僕なりの次元上昇だ。