マクロとミクロの物語

全宇宙を駆け抜ける壮大なスペクタクルストーリー。
古の神々をめぐる壮絶な戦い。
異次元から降臨した最恐の敵に立ち向かうヒーローたち。

社内派閥が複雑に交錯するスリリングドラマ。
実は両想いなのにお互い気づいていない高校生の青春物語。
本当にあった怖いご近所トラブル話。

かたや、宇宙や次元といったスケールの大きさであり、一方では身近な人と人との関係性といった具合。

スターウォーズやマーベル作品なんかを観て、「世界は何て広いのだ!」と唸る自分もいれば、火曜サスペンスドラマを観て、犯人の生い立ちに同情する自分もいる。

よく、宇宙の広さに比べたら、人の悩みなんてちっぽけなものだと言ったりする。
それはそうなのかもしれないが、最近はそういうことではないよなとも思う。

宇宙規模の話、神々の話だったとしても、なんだかんだと突き詰めていくと、ごく小さな欲望であったり感情の発露が物語の発端だったりする。
そう考えると、舞台のスケールこそ違えど、骨格的なところは、スターウォーズも火サスも同じなのだ。

結局のところ、自分がどこにフォーカスし、没入するかであり、それはさながら顕微鏡で焦点を変えるかのよう。
悠久の神々の歴史にワクワクするのも、冴えない会社員の恋愛物語にハラハラするのも、主体は自分であり、その瞬間は世界の全てはそこに集約する。

マクロもミクロも形としては相似形なのだなと感じた。

といったことを考えながら、人が作り出す話というのが、「感情」というものを超えていく未来を想像する。
喜怒哀楽、その他数多ある人間的な感情を起点としない、「次なる感情」の物語はどういうものなのだろうか。

だが、そもそも「物語 = 感情」なのかもしれないな。