多重人格的な生活

最近は、「本当の自分」というものは存在しないのだと感じている。
タイトルの通り、ある意味、多重人格的な複数の自分を使い分けて生活しているのだ。

家族に見せる顔、友人に見せる顔、社会に見せる顔、こういった大きな区分はもちろん、ネット上のアカウントごとにも口調が変わったりする。
改めて考えると、これをさも当然のように行っているのは面白い。

作家さんがよく言うところでは、物語の登場人物は、それぞれ自分の何らかのエッセンスで出来るていると。
強い自分、弱い自分、賢い自分、情けない自分、それらをピックアップし、組み合わせて、一人のキャラクターを構築しているのだとか。

しかし、それは何も作品の中だけに限らず、自分の生活の中でも行われていそうだ。
ちょうど自分という宇宙の中にある、それぞれの星々が組み合わさり、星座を成すような。

このブログでは、このブログでの自分の人格が出ているように思う。